中日新聞社の記者であり、ジャーナリストの望月衣塑子(もちづき いそこ)さん。
世間の一部の声には、
望月さんは何者?頭がおかしいのでは?
というようなネガティブなイメージがあるようです。
そこでこの記事では、
- 望月衣塑子が頭がおかしいのはいつから?
- 生い立ちや若い頃の仕事の評価は?
について調査していきます!
望月衣塑子の頭がおかしいのはいつから?
望月さんといえば、
となり、「パフォーマンスでは?」と冷ややかに見ている人もいました。
望月さんは幼い頃からこのような性格だったのでしょうか?
望月さんの生い立ちや若い頃の仕事内容や評判について見てきましょう!
幼少期は人見知りで消極的なタイプだった
望月さんは、新聞記者の父親と演劇関係者の母親のもとに生まれました。
兄と弟に挟まれ、サッカーや野球などの男の子が好きな遊びばかりしている活発な女の子だったようです。
しかし、性格は現在の様子からは想像できないくらい人見知りで、
授業中は手を挙げずもじもじしているタイプだったようです。
小学校低学年での担任の先生が、望月さんに「自身」を与えてくれたようで、そこから何事にも積極的に行動できるようになっていきました。
将来の夢は舞台女優を目指していた
小学生の時に、母親の影響があったのか、児童劇団に入団していたようです。
小学6年生で地元の児童劇団の発表会でミュージカル「アニー」の主役を演じました。
当時の将来の夢は舞台女優になることだったようです。
人見知りだった幼少期には考えられないくらい積極的になって、
注目を浴びることも嫌ではなく、むしろ楽しんでいる感じですね!
新聞記者を志すきっかけは中学時代に読んだ本
舞台女優になる夢があった望月さんですが、
そのきっかけとなったのは、母親からの勧めで読んだ
だったようです。
日本のフォトジャーナリストとして初めてアパルトヘイトの他、南アフリカ共和国を訪れた著者による現場レポート。アパルトヘイトの日常の光景とそこに生きる人びとの真実の声と姿を伝える。
紀伊國屋書店
中学生でこのような本を読んで理解できたことだけでも驚きべきことですが、
この本に感銘を受け、新聞記者を志すことになった望月さん。
普通の中学生でなかったことは間違いなさそうですよね。
記者の父親の影響も少なからずあるのでしょうが、
好奇心と探求心、責任感がとても強かったのでしょうね!
大学卒業後は中日新聞社に入社
慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、中日新聞社に入社し、
念願の記者として活動をスタートさせました。
仕事内容は?
東京本社へ配属され、千葉支局、横浜支局を経て社会部で東京地方検察庁特別捜査部を担当。
その後、東京地方裁判所、東京高等裁判所を担当しています。
政治家や企業を巻き込んだ事件、経済事件などや、裁判所の記者として働いていました。
有名なのは、東京地検特捜部の担当で日歯連事件を取材していたことです。
検事さんから“亀井静香議員は秘書から人望があるがカネに汚い”とか “野中議員は悪い”とかいろいろなことを吹き込まれて、“なんとかこの人の不正を暴かなければ”という感覚でした
TOKYO HEADLINE
望月さんは、このような正義感で取材を行っていたようです。
評判は?
望月さんはアグレッシブな記者として評価されていたようです。
本人もインタビューでこのように話していました。
私の場合はあの時間でしか勝負できないということも大きいですね。あとの囲み取材は番記者じゃないと加われないんです。彼らは会見では気まずい質問は投げないけど、裏では聞いていたりします。
TOKYO HEADLINE
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日本人というのは気質的にジャーナリズムに向いていないよね
という考え方に対して望月さんは、
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記者ですからあきらめてはいけないと思います
と答え、強気の姿勢を若い頃から見せていたようです。
まとめ:【望月衣塑子】頭がおかしいのはいつから?幼い頃は人見知りだった!
望月さんは、幼い頃から今のような性格だったわけではなかったことが分かりましたね。
小学校低学年までは、人見知りで自身のない子供だったようです。
しかし、演劇などを通じて自分を表現することに新積極的になり、
また新聞記者になるきっかけとなった本との出会いで、視野がかなり広がり、正義感も強まっていきました。
正義感は時に誤解もされてしまうので、「頭がおかしい」と言われることに繋がってしまったのではないでしょうか?
最後までお読みいただきありがとうございました。